【娘を奪った「心神喪失」の男】虚夢:4年後の再会、復讐か赦しか?心の傷、夫婦の離別、脆さと強さ…慟哭必至の感動作。(講談社文庫)

通り魔事件で愛娘を失い、犯人は罪を問われず、妻とも別れた男。4年後、元妻からの「あの男を見た」という連絡が、彼の凍てついた心を再び揺さぶる。娘を殺めた男に近づくことで、彼は何を見つけ、何を求めるのか?喪失と再生、憎しみと赦し、人の心の脆さと強さを深く描いた、魂を揺さぶる感動作。(講談社文庫)

講談社文庫から刊行された「虚夢」は、理不尽な暴力によって最愛の娘を奪われた男の、深く癒えない心の傷跡を描いた感動作です。通り魔事件という悲劇に見舞われ、犯人が「心神喪失」状態であったために罪に問われることなく終わるという、残酷な現実を前に、主人公の男は深い絶望と無力感に苛まれます。

愛する娘の突然の死は、彼の人生を根底から覆します。共に悲しみを乗り越えるはずだった妻との間にも深い溝が生まれ、やがて二人は別々の道を歩むことになります。事件から四年という月日が流れ、男の心には、拭い去ることのできない喪失感と、やり場のない怒りだけが残されています。

そんなある日、男の元に、別れた妻から突然の連絡が入ります。「あの男を街で見かけた」――それは、娘の命を奪った犯人の存在を告げる、衝撃的な一言でした。凍りついていた男の心は、この知らせによって再び激しく揺さぶられます。娘を殺した男は、今どこで何をしているのか?なぜ、今になって再び姿を現したのか?様々な感情が渦巻き、男はいてもたってもいられなくなります。

突き動かされるように、男は娘を殺めた犯人に近づこうとします。しかし、四年という時間は長く、男を取り巻く状況も大きく変化しています。かつての怒りや憎しみだけではなく、複雑な感情が彼の心を支配します。犯人に直接会って何を伝えたいのか?復讐を望むのか、それともただ理由を知りたいだけなのか?男自身も、自分の心の奥底にある感情を掴みかねています。

犯人に近づく過程で、男は事件の真相や、犯人の背景について、新たな事実を知ることになります。それは、彼が想像していた以上に複雑で、そして残酷な現実でした。犯人もまた、事件によって深く傷つき、苦しんでいるのかもしれない――。そんな考えが、男の心をさらに揺さぶります。

物語は、男が犯人に近づく中で、様々な人々と出会い、それぞれの人生模様に触れていく様子を丁寧に描きます。同じように大切な人を失った遺族、事件の真相を追う関係者、そして、社会の片隅で生きる人々。彼らとの出会いを通して、男は自身の抱える悲しみや怒りと向き合い、新たな感情を抱き始めます。

「虚夢」というタイトルが示すように、この物語は、現実と虚構の境界線が曖昧になるような、人間の心の深淵を描き出しています。愛する人を失った悲しみ、犯人への憎しみ、そして、それでもなお生きていこうとする人間の強さ。それらの感情が複雑に絡み合い、読者の心を深く揺さぶります。

著者は、登場人物たちの心の機微を繊細な筆致で描き出し、読者に共感と問いを与えます。もし自分が同じような状況に置かれたら、どうするだろうか?憎しみを抱え続けるのか、それとも赦しという道を選ぶことができるのか?物語を通して、読者自身の心のあり方を深く考えさせられるでしょう。

created by Rinker
¥396 (2025/04/29 13:24:48時点 Amazon調べ-詳細)

また、本作は、犯罪被害者遺族が抱える苦悩や、司法制度の限界といった、社会的な問題にも静かに目を向けさせてくれます。心神喪失という言葉の重さ、そして、遺族の癒えることのない悲しみ。それらの現実を前に、私たちは何を考え、どう向き合うべきなのか。

「人の心の脆さと強さに踏み込んだ感動作」という紹介文の通り、「虚夢」は、人間の心の奥底にある光と闇、脆さと強さを深く描き出した、読み応えのある作品です。通り魔事件という悲劇を背景に、喪失、憎しみ、苦悩、そして、わずかな希望の光を求め続ける人間の姿は、読者の魂を揺さぶり、深い感動と余韻を残します。講談社文庫の一冊として、ぜひ多くの方に手に取っていただきたい、心に深く刻まれる物語です。