サーカスの少女――雲仙普賢岳の麓、島原城の見守る町で 生活保護を受けた家族や、家庭の事情で学校に通えない子供が登場します。その中で、子供目線で感じる複雑な感情や、生きる希望をなくさず、誰かを思いやる心を持ち続ける大切さを表しています。
プロローグ
長崎県、島原。雲仙普賢岳の静かな稜線が見下ろすこの町に、一座のサーカス団がやってきた。
「紅月サーカス団」――かつて全国を巡業した華やかなサーカスも、今では細々と旅を続けるだけの小さな一座だった。
その一員であるアカリは、幼い頃から綱渡りを得意とする少女。夜のテントの明かりの下、空を舞うようにロープを渡る彼女は、まるで風に乗る鳥のようだった。だが、彼女の心には誰にも言えない孤独があった。
「サーカスは私の家。でも、私はどこにも属していない気がする。」
第一章:島原城の見える町
サーカスが島原にやってきたのは、初夏のころ。
町は穏やかで、石畳の道の先に島原城がそびえ、湧水がせせらぎとなって流れていた。
アカリはふとしたきっかけで、地元の少年シンと出会う。シンは町の歴史をよく知る少年で、彼女に島原城の天守からの景色や、武家屋敷の静かな庭を案内した。
「この町はね、昔、大きな戦があったんだよ。でも今は、とても静かでしょ?」
アカリは、この町が持つ優しさと寂しさに、どこか自分を重ねるような気がした。
第二章:雲仙普賢岳の囁き
ある日、アカリとシンは雲仙普賢岳の麓へと足を運ぶ。山は霧に包まれ、どこか神秘的だった。
「この山は怒ることもあるんだよ。」シンは言った。
「噴火でたくさんの人が逃げたこともあった。でも、そのたびに人は戻ってくる。島原はね、強い町なんだ。」
アカリはその言葉を聞いて、思った。
「私は、逃げてばかりじゃないのかな……?」
サーカスは旅をするもの。
けれど、時には「帰る場所」があってもいいのかもしれない。
第三章:最後の公演
島原でのサーカス公演の日がやってきた。
満員の観客の前で、アカリは綱の上に立つ。
ふと、舞台の向こうに島原城の天守が見えた。
そして、その下にはシンの姿も。
「この町は強い。だから私も……。」
彼女は深く息を吸い、綱の上を歩き出した。まるで空を歩くように、迷いなく、一歩、また一歩と。
そして、観客の歓声が響いた瞬間、アカリの心の中で何かが変わった。
エピローグ:旅の先へ
サーカス団は再び旅立つ。だが、アカリはもう寂しくなかった。
「また、ここに戻ってくるかもしれない。」
島原城の見える町で過ごした日々は、彼女の心の中に深く刻まれていた。
そして彼女は、雲仙の風に乗るように、新しい道を歩き始めるのだった――。
「サーカスの少女」は、大人には故郷や旅の意味を、子どもには夢と成長の物語を伝える、優しくも切ない日本純文学と児童文学の融合した物語です。