「卒業式まで、私たちは少女だった――」7人の少女が迎えるそれぞれの別れと旅立ちを描く、繊細で痛切な青春群像劇。儚さと温もりが交差する一瞬を見逃さない、切なくも美しい“卒業”の物語。

『少女は卒業しない』――このタイトルに込められた意味は、ただ卒業式を描くというだけにとどまりません。これは「少女」という存在が抱える葛藤、成長、喪失、そして旅立ちを、多角的な視点から丁寧に描き出した、青春文学のひとつの到達点ともいえる作品です。

原作は朝井リョウによる短編集。ひとつの地方高校を舞台に、卒業式当日に起こる7つのエピソードが、オムニバス形式で語られていきます。それぞれの物語は登場人物が重なり合いながら進行し、ひとつの大きな世界観を共有しています。

物語の中で描かれるのは、何気ない青春の日常の断片。しかし、その一つひとつが、まるで宝石のように繊細で、眩しく、そして脆いのです。

たとえば、ある物語では進学を目前に控えた少女が、恋心を抱いていた先輩との最後の時間を過ごす一夜を描きます。心の中にしまっていた想いを、最後に打ち明けるべきかどうか。その葛藤が、胸を締めつけるような静かな筆致で描かれます。

また別の物語では、教師と生徒の関係、あるいは家庭の事情で苦しむ少女の内面が描かれ、読者に「大人になるとはどういうことか」を問いかけてきます。

本作が際立っているのは、どのエピソードにも共通する「リアリティ」の感覚です。登場する少女たちは決して理想化された存在ではなく、むしろ不器用で、迷いながら日々を生きている存在です。彼女たちの言動は、現実の高校生活に根ざしており、読者はそこに自分自身の過去を重ねずにはいられないでしょう。

「卒業式」は、学生にとって一大イベントであると同時に、人生の節目でもあります。その日を迎えるまでに、誰もが何かを選び、何かを失い、何かを決意していきます。本作はその「決断と喪失」のドラマを、まるでそっと肩に手を置くような優しさと、冷たく澄んだ現実の空気感とで、静かに語りかけてきます。

また、文学的にも見逃せないのが朝井リョウの筆致です。若者のリアルな感情を丁寧にすくい取りながらも、時折挿入される詩的な表現や余白の美しさが、作品全体に深い余韻を与えています。彼は「青春とは何か」という問いに、過剰な装飾を排しながらも確かな光を与えてくれる希有な作家です。

2023年には映画化もされ、原作の空気感を丁寧に再現した演出や若手キャストの瑞々しい演技も話題になりました。スクリーンに映し出される彼女たちの表情やしぐさのひとつひとつが、まるで読者の胸にしまってあった青春の記憶を呼び起こすような力を持っています。

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『少女は卒業しない』というタイトルの裏には、「少女のままでいたい」という願望や、「少女であることを手放さなければならない」という現実が重なっています。この物語は、誰にでも訪れた、またはこれから訪れるかもしれない、人生のひとつの「通過点」を真っ直ぐに見つめています。

読む人によって、どのエピソードに共鳴するかは異なるでしょう。しかし、どの物語も、心に小さな波紋を残してくれることは間違いありません。

心の奥にしまっていた“あの時”をもう一度抱きしめたくなる――
『少女は卒業しない』は、そんな感情を呼び覚ましてくれる、珠玉の青春作品です。青春を過ごしたすべての人に、そして今まさに青春を生きている人に、ぜひ手に取ってほしい一冊です。